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2012年 05月 03日
交通科学館にて。 ミニチュア模型を、リアルに撮影。 雰囲気、出せたかな? ※初めて、iPhone(アプリ)から投稿。 ![]() ▼TiltShiftgen 使用 ![]() ▼MagicHour 使用 ![]() ▼レトロカメラ 使用 2012年 05月 01日
![]() 春、ですね。 つい最近まで、肌寒い中桜を見て 季節の変わり目を感じていたのに、 もう、街中ではつつじの花が鮮やかに。 あれ、この写真はつつじではないぞ。 民家の前に、真っ白な(これ、マーガレット、っていうんですかね?)花が 咲いていたものですから、思わずパチリ。 他の植物や昆虫たちもいろんな生き物たちが いきいきとし始める季節。 でも人間は(この国だけか。)「五月病」に蝕まれていく季節。 気を引き締めて、5月を迎えよう。 ▼レトロカメラ 使用 にほんブログ村 2012年 04月 09日
![]() 正直、私はこの時期(3月末~4月中旬)が苦手だ。 そう、ちょうど桜が咲き出し、咲いて、散るころ。 基本的に、出会いはまだしも「別れ際」っていうのが苦手だ。 しかも、へたくそ。 うまく気持ちを伝えて「さよなら」と言えない。 思ってもない事を言ったり、かといって社交辞令も大嫌い。 でも、本気で「また会おう」とか言って会えずじまいになるのも なんだか複雑だ。 苦手だ。 だから、別れ際は一瞬にして透明人間に(なったつもりで)なり、 何も言わず、す~っとフェードアウトする事に。 ここ数年そうしてきた。 上司など大変お世話になった人には、こっそりメモ書きだけ渡す。 シンプルな文面のみ。「また会おう」は書かない。 そして、後悔しない事。 透明人間になりフェードアウトした時は、 帰宅時前だけ向いて、心の中でバッサリ切る。「ハイ、終わり~」と。 そして、明日以降の事だけを考える。 そうしないと、泣きそうになる。 根っからのアホやから。 でも、今年ほど こんなにバッサリ切りにくかった「桜の咲くころ」はなかった。 切っても切っても、感傷的な想いが湧いてきた。 歳のせいかな(笑) すんごく、いいメンバーと仕事できたからやね。 以下、自分に言い聞かせるために書いたもの。 ************************************* 桜が、咲き始めるころ 別れの時期。 最後の挨拶、うまくできなかったけど みんなと仕事で来て、心の底から良かったと思う。 伝えたかったけど、うまく伝えれなかった。 桜が、咲くころ 次のステップへ。 今までの想い出に浸っている時間はない。 取り組んでいるプロジェクトに集中、集中。 ただほんの少しだけ、それぞれに散った部署のみんなを思い起こす。 「頑張ってるだろうか」 桜が、散り始めるころ 咲き始めたばかりでまだわからないけど、 たぶん、しっかりと、こう言えてるはず。 「あの時は、本当にありがとうございました。」 「みなさんのおかげで、力強くステップアップができました。」 ・・・と。 でも、もうそのメンバー全員揃う事は 無いか。 頑張ろっと。 ▼PS Express 使用 にほんブログ村 2012年 01月 29日
![]() ![]() ![]() 高野山の奥ノ院へ。 途中、異空間ともいえる現生離れした光景に圧倒されたが、 奥ノ院が近づくにつれ、肌に感じる空気に慣れてきた。 奥へ、奥へ。 どこまでも続く高野槙と巨大杉。 そして墓、霊標。 奥ノ院が見える。 これより先は、喫煙はもちろん撮影すら許されない 聖なる場所。 異教徒であっても無神論者、無宗教であっても その掟は守らねばならない。 人として、 世界三大宗教でもある 仏教への敬意を持って 静かに、厳かに足を運ぶ。 撮影道具はすべて仕舞う。 無駄なものは封じ、 「邪心」を捨て 我が心だけで視る被写体を記憶で 「写真」とする。 敬虔な信者が、聖地の習わしに沿って それぞれの信仰心にて何かを唱えたり 合掌をし念じている。 小さな橋の向こうに、 奥ノ院。 現在は観光地としてもあり、 皆が敬虔な信者ばかりとは限らない。 しかしどこにでもあるお寺や神社のような 身近さは感じられなかった。 重い空気が流れ、 蝋燭の灯りが、 その僅かな動きが 無数の霊が集っているかのような錯覚に 陥る。 しかし不快な感じがしないのは 独特の空間から醸し出す 心安らぐ何かが存在しているかのようだ。 弘法大師の御廟と灯籠堂。 説明はいらない。 ここは天空の聖地と謳われる 歴史ある場所。 世界遺産の場所でもあるのだ。 仏教に対する自身の想いを 無数に灯す蝋燭の灯りを見つめ 想い詰める。 その時点で、 答えは、なかった。 何を出しに、ここへ来たのか。 何を産み、何を捨てに来たのか。 自分の中の世界観が まだ狭く浅く、 そして儚いものだということに気付く。 いや、 ここ奥ノ院まで足を運ぶ道程が そうさせたのか。 すでに気づいていたかもしれない。 まるで「仏道修行」だ。 暫し、奥ノ院から抜け出せなかった。 現実世界から逸脱した感覚に、捕らわれる。 無駄だったのか。 いや、それは否定する。 ただ、 ここに来ていろんな思いがあったが、 生きることと、死ぬこと。 人として当然あり得る事への認識が 今まで以上により深くなったのは確か。 また、 人として自分以外の人との関わりや 自分のルーツ、家族というテーマが 重くもあり心地よくもある程よい感じで のしかかってきた。 大切なものは何か。 難しいものではない。 確かな手ごたえは、あった。 ![]() ・・・ 年が明け、旧正月。 代々続く儒教の習わしは、 もうほとんど、身内間で行われてはいない。 しかし、自分はそのルーツを守る数少ない、 いち砦として簡素ながらも取り繕い、 心の中でじっと静かに古いしきたりの儀式を行う。 そして、墓参りへ。 先祖を敬い畏れ、大切にする。 その先に、何があるというのか。 たくさんある。 身体に流れる血の流れを感じとり、 鼓動する脈拍を静かに聞き取る。 そして今を、 必死で生きていく事の大切さを 強く心の中で想うのだ。 明日へと繋げるために。 ▼TtV Camera、 CrossProcess、TiltShiftGen、 MoreMono 使用 にほんブログ村 2012年 01月 28日
![]() 豪快に食べる。 いいぞ。 上品に食べなくていい。 これを、 下品という奴はわかっていない 豪快さが、 命をくれた生き物達への 感謝の気持ち。 生命力、満ち溢れる。 ありがたく、 豪快に食べよ。 そして、いつまでも 感謝の気持ち、 忘れるな。 ▼mozaiq lite 、More Lomo 使用 にほんブログ村 |
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